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音楽と本

演者と観客、凡人の思考

セネカの『生の短さについて』には、優れた人間は行動に喜びに見出すと書かれている。

 

世の中には数え切れないほどの様々な分野で活躍する人や興味深い事柄に溢れているため、その各々に感嘆していている間に、自分の人生が枯渇してしまう。他人の人生の観客として、自分の人生を消費することは、可能な限り避けたいものだ。

その関係は、演者と観客と表現してもいい。

 

観客は、リスクが伴わない代わりにリターンも少ない。

一方、演者はリスクが伴う代わりにリターンも大きい。

 

私は、単にリスクを避けるためだけに、観客に逃避していないだろうかと自分に問いかけることがある。

 

大きなリターンを得たいならば、それに伴うリスクを背負う覚悟が必要だ。

 

しかしながら、演者であることに伴うリスクは大きな利点と言い換えることができる。

なぜなら、失敗を経験値にすることができるからだ。

 

単に演者であれば良いのではなく、「失敗とその原因分析を厭わない」という条件付きではあるけれども。

 

言ってしまえば、失敗に伴う本当のリスクは、他人に笑われる程度のもので、大したリスクではない。それさえ了解してしまえば、無限に経験値を稼ぎ続けることができるのだ。

 

実際、そのように理性的理解をしていても、現実的にそれが実感できるまでは時間がかかる。理性的理解を現実的理解に結びつけるには時間がかかるが、演者の利点欠点(失敗を恐れないこと)については時間をかけてでも深く理解しておくべきことだと思う。