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Personal Fabrication

音楽と本

ウメハラ の講演を見て

1月19日、プロ格闘ゲーマーの梅原大吾(以下ウメハラ)の講演を視聴した。

 

あまりに素晴らしい講演だったので、あまり言語化したくない気持ちがある。これは素晴らしい映画や音楽に出会った時の感覚に近い。しかし、アウトプットすることで、この体験を深い記憶としたい邪な気持ちもあるので、少しだけでも自分の感想を文章にしておきたいと思う。

 

この記事では、抜粋や引用を用いてウメハラの講演の要点を書き出そうとは思っていない。なぜなら、手軽に手に入る「ハウツー」を求めるなら、書店に足を運んで所謂成功者の本を手に取る方が早いと思うからだ。講演の真髄は、長い時間をかけて本人の思考の流れを追体験し、結論に至るまでの過程や葛藤の意味を知ることにあると思う。

 

 


講演は本当に素晴らしいと言うほか無かった。

ただひたすらに一つの物事に熱中してきた人間の境地を垣間見ることができた。彼は、単なる知識ではなく、実感を伴った知恵に基づいて言葉を発していた。深い思考と経験で磨き上げられた言葉は説得力が違う。

 

彼は「自分がしなければならないこと」ではなく「自分がしたいこと(格闘ゲーム)」に全力を捧げる人生を送ってきた。言葉にしてしまえば怠惰な人間に思えるが、実際は違う。なぜなら彼は、「自分がしたいこと(格闘ゲーム)を上達するに必要な多大な苦労を伴う成長の過程を歩み続けること」に全力を捧げてきたからである。このように表現すれば、彼が勤勉そのものであることが伝わるだろう。事実、彼は全く対戦相手が誰一人いない台風の日でさえもゲームセンターに通ったのだ。そして、彼は格闘ゲームが上達するに連れて一般社会的成功が遠のいてゆく現実に葛藤し、時には挫折しながらも、自分の信念に基づいて行動することを選択し続けたのである。

 

しかし、彼の魅力は、単に一つの物事に異常なまでに熱中してきた過程や実績にあるのではなく、その過程で多くのことを学び、一人の人間として成長してきたことにあると感じた。質疑応答の際、自分以外の周囲のゲームで活躍するプレーヤーがもう少し安心して生活できるような活動をしていきたいとの旨の話をしていたことに、ウメハラの人としての素晴らしさが滲み出ていたように思う。

 

 

ところで、最後になるが、自分の愛する対象に人生を捧げたけれども、時代や周囲の環境に恵まれず、「ウメハラ」になることが出来なかった人々について思いを馳せてしまうのは自分の性分であろうか。