Personal Fabrication

音楽、勉強・読書記録、日常の感想

前の職場にいたビジネス書を大量に読んでいた人の話

まず最初にざっくり定義すると、ビジネス書とは成功の方法論が書いてある類の本のことです。

本屋に行けば、大量のビジネス書が平積みされている光景は珍しくないですが、それらを読んだ人のどれだけが「成功」しているのでしょうか。

成功者の方法論を学ぶことは確かに有効に思えますが、結局“他人の方法論”であることを念頭に置く必要があるように思います。

 

私の前の職場にT氏というビジネス書を大量に読んでいる人がいました。

彼の仕事の能力に関してはここでは言及しませんが、察してください。

本人と深く話した経験はないので推測になりますが、ビジネス書を読むことで、“目の前の仕事に集中する”といった地味ですが重要なことを実践するよりも、なんとなく成功した気分に浸れたのでしょう。

 

そんなT氏の思考を整理すると以下のようになります。

「成功者Aがある方法論Pを使って成功Qを達成したのだから、Pを成立させることができれば成功Qを導き出すことができる」

数学でいうところの P->Q です。

PとP->Qが演繹されているのであれば、Qを導き出せます。

確かに、演繹としては何の間違いもありません。

 

しかし、方法論Pという仮定が成立しなければ成功Qは導けないにも関わらず、T氏には方法論Pがそもそも成立し得るのかという視点が欠けていたように思います。(厳密にいえば、P->Qの成立も必要です)

 

ビジネス書には、書かれている方法論を実践すれば誰でも成功できるかのように書かれていますが、実際は違うと思います。確かに成功者Aは方法論Pを成立させたから成功Qを手にしたのかもしれませんが、その方法論Pの成立はビジネス書で書かれているほど簡単ではないと思います。

 

なぜなら、 Pを成立させるためには単純な努力だけでは十分ではなく、例えば適性などの自分では解決できない要素を必要とする場合の方が多いはずです。毎朝5時に起きて勉強するという方法論があったとして、果たしてそれが万人に適用可能でしょうか。

 

自分には夜勉強する方が適性があって、夜の勉強を実践してみたら上手くいくなんてことは現実ではよくあることです。しかし、ビジネス書を読むT氏は、自分に適性のある方法論を探すのではなく、成功者Aの方法論Pが絶対に必要であるかのように考えていました。恐らくそれは自分よりも成功している偉人の方法論を前にして、自分の方法論に自信が持てないからでしょう。

ただ、例えば、英語を勉強する際、モテたいが動機になるような人もいれば、知的好奇心が動機になるような人もいるのが現実です。自分に合った動機(方法論)持つ人は、英語学習を無理なく続けられるはずです。一方、自分に合っていない動機(方法論)を持つ人は、無理をし続けなければならず、挫折は時間の問題です。

 

他の例も挙げられます。 例えば、ブラック企業に勤めているとして、「石の上にも3年」的な方法論を守り続けることに意味があるとは思えません。このような事例は挙げていけばキリがないです。

 

私は以上のように考えたので、T氏のように、ビジネス書を大量に読んで自分に合っているかどうかもわからない方法論を大量に集め、盲目的にそれらを実行するだけでは成功しないと考えています。方法論は、その方法論に適性のある人に、正しい環境の下で、正しく用いられなければ役に立たないと思います。どのような方法論でも、実行可能性と効率性の現実的な妥協点を見つける必要があるはずです。

 

「じゃあ、正しく機能するように方法論をアレンジすれば良いじゃないか」と思う人もいると思いますが、そもそも、方法論を上手くアレンジする能力のある人にとって、大量のビジネス書は不要でしょう。仮に必要としたとして、多くとも年に数冊程度でしょう。

 

大切なのは、既存の方法論や自分で考えた方法論を自分に合うかたちにアレンジする能力だと思います。そして、その能力は、ただ本を読んで得られるようなものではなく、自分で必死に試行錯誤する過程で少しずつ身につくものだと思います。

 

自分のための自分の方法論は自分で見つけるしかないと思います。

一見真似できるように見えて実際には成立条件が極めて複雑かつ困難な可能性のある方法論Pに飛びつくより、成功Qを導き出すために自分に合った方法論Aを探して実践する方がよほど現実的で、役に立つと思います。そうすれば少なくともAを成立させることができます。そして、運がよければA->Qを導き出し、最終的には成功Qを導ける可能性があります。(もしかすると成功Rかもしれませんが) 

 

 下手にビジネス書の知識がついてしまうと、T氏のように「俺の方法論は〇〇に書かれていたのと違う」と思ってしまいそうなので、精神衛生上でも良くないと思います。

人にはそれぞれの山があり、それぞれに合った山の登り方があるので、自分に合った山の登り方をする他ないと思います。他人の登り方を多少参考にする程度であれば問題ないと思いますが、盲目的にそれらを実行したとしても上手くいかない可能性の方が高いと思います。理由は上述の通りです。

 

想像以上に硬い感じになってしまいました。

結局言いたかったのは「自分に合ったやり方でするのが一番」ということです。

もしかすると、それがとても効率の悪いやり方かもしれません。

しかし、そんなやり方でも続けてみて、「このやり方はなんだか効率が悪いなあ…」と思える段階まで続けてみれば、そのやり方が駄目だったことを実感できる訳です。文字にすると非常にあっさりしてしまいますが、“実感”は本当に大切なことだと思います。

実感の伴わない理論武装は机上の空論に過ぎず、空中分解は目に見えています。

 

「このやり方は上手くいかなかったな」と感じたタイミングで、次の方法を考えて実践してみれば良いのです。徐々に徐々に良くしていくようなイメージで良いと思います。 

 そうしたプロセスを続けていくうちに、方法論をアレンジする精度が上がったり、それなりに運が良ければ目標を達成できたりする訳です。まさに一石二鳥です。

効率が悪くても問題ないです。1日3単語しか覚えないとしても、1年続ければ1000語覚えることになる訳です。継続には、多少の効率の悪さを覆すだけの力があります。

 

ビジネス書を読んでばかりのT氏のような人の場合、当たり前の事実を見落としています。言うまでもなく、ビジネス書を読んでいる間、現実には何も実践していないに等しいのです。例えるなら、英語を勉強するための勉強です。 英語の勉強の勉強をしている間は、英語能力は全く伸びません。本来の目的である英語の勉強が最も大切です。

ただ、T氏がそうした事実に気付いたところで、本来の勉強に向き合うことを回避した結果、ビジネス書を読むことで「勉強してる感」を満足させている可能性があるので、問題は想像以上に根深いかもしれません。

 

成功の現実は、ビジネス書に書かれているようなドラマティックなものではなく、泥臭い作業の積み重ねだと思います。