捏造日記

電脳与太話

経過観察20201028 忙殺

何事も極端になりがちな自分の性格的問題が原因と思われるが、7月に働き始めて以来、趣味の時間をほとんど取れていない。リモートワーク中心の仕事で、出勤が必要となった際の電車移動でのわずかな時間が唯一のまとまった読書の時間である。側から見れば、完全にワーカホリックという自覚はある。土日祝日が休みにもかかわらず、日曜は別の部署にいる仲の良い上司をひとり巻き込んで勝手に出社して一緒に勉強していたりもする。

 

「趣味を捨て、このままの生活で良いのか」と考えてみたりもするが、自分の大学生時代のようなコンテンツの消費をベースとした趣味中心の生活に戻りたいとは全く思わない。大量購入・大量消費の根底にあるのはオタク的なアーカイブへの欲望に過ぎず、そこから「深み」が生じるのかについて甚だ疑問に思っている。とはいえ、趣味を捨て、仕事に忙殺されることが正解とも到底思えない。どうすれば良いかと頭をひねるが、考えなければならないパラメーターはあまりに多く、考えを広く深くしようとすればするほど、混沌は増し、最終的に呆然と立ち尽くす以外の選択はなくなる。そして、生活の維持という喫緊の目標が自分を駆り立てる。我ながら倒錯的とは思うが、それから逃れるように思考の全てを仕事で埋め尽くし、その場しのぎ的に雨風を凌ぐという選択をしている。

 

まるで病んでいるかのような文章を書いたが、最近は同僚の誕生日祝いをしたりと、全くもって「健全」な生活を送っている。彼らは、音楽はヨルシカやBTS、漫画は鬼滅の刃という典型的な一般人だが、そんな彼らを受け入れられるようになった自分を「成長した」と形容して良いものだろうか。