コード進行からの解放
コード進行は、幾つかのコードを規則的に組み合わせるだけで、簡単に楽曲に表情を付加することのできる音楽表現を拡張する極めて強力な要素だ。
典型的な進行を機械的に組み合わせることで特定のイメージを喚起させる音楽を量産することも可能だ。例えば、サンロクニーゴーを含む4度進行は典型的なもので、聴き手に簡単に「オシャレ」なイメージを与えることができる。他にも、盛り上がりの一歩前にV7を挟むことで、ドラマチックな展開を演出することもできる。
一方、その強力な道具は、「進行」の概念から解放されたコードが本来的に含む豊潤な響きを収奪する存在でもある。
和音(二つ以上の音の組み合わせ)は、コード進行などという組み合わせの妙に頼らなくとも、それ自体で十分に美しく、傾聴に値するものだ。
コード進行の乱用から解放された、グレゴリオ聖歌、アンビエント、ドローン、エスニックミュージック、などの音楽は、単調なコードが深奥な響きを含む事実を私に再認識させてくれる。
そのように進行が捏造する煩わしさから自由な音楽は、享楽的カタルシスを聴き手に強要せず、日常に寄り添う家具の一部として機能する。要素が少ないゆえに、程よく興味をそそり、思考の流れを促し、日常生活を阻害しない。
そして、その一見無味乾に思える単調性ゆえに、誰かの自己陶酔や依存の道具として消費され辛く、強引な解釈で特定の文脈に引き込まれ辛い。
しかしながら、一度目をつけられて終えば、不明瞭性ゆえに、何かを語る際の叩き台として利用され易くもあるのが問題だ(まさにこのようにして)。
音楽と本質
ある音楽を好きになる際、その「好き」はその音楽の本質的良さを理解したためなのか、あるいは単なる適用による慣れがもたらした「好き」なのかの区別は困難を極める。身も蓋もないことを言って終えば、それらは明確に区別をする必要もないことだろう。
ただ、一人の音楽を聴く人間としては、音楽の枝葉の部分ではなくて、前者(本質的な良さを理解すること)を目的として音楽を聴いている。しかしながら、本質主義に立脚したこの考え方自体が誤りである可能性も十分に考えられる。
今の私の姿勢としては、構成主義的・相対主義的に音楽に関わるよりも、本質主義的な考え方を取るほうが、より良く音楽に関わることができるのではないかと思っている。なぜかと言うと、「良い音楽に共通する何かは存在しない」とする姿勢は、確かに正しいように思えるが、実際的には音楽への姿勢を消極的で怠惰にしてしまうように思えるからだ。一方、「良い音楽に共通する何かが存在する」とする姿勢は、本質を追求するために積極的に音楽にコミットしようする強い動機を与え、より能動的な音楽探求に繋がるのではないかと思う。
音楽の「良さ」は認識による産物なのか、音楽自体に含まれているのか、その両者の相互補完関係によって生成されるのか、さまざまな立場があるとは思うし、それ良いと思っているが、私個人の姿勢としては、よりポジティヴな結果に繋がりそうな立場をとることにしている。
楽曲分析 No.2 「California 」Grimes
Grimesの4枚目のアルバム『Art Angels』の2曲目が「California」
大陸を感じさせるメロディが印象的な曲
楽器を始めたばかりの人でも、簡単なので是非弾いて欲しい。初心者ギタリストでも簡単に弾ける。バレーコードなんて無視して3弦から1弦まで鳴らすだけでも良い
F♯ - B
Ⅰ - Ⅳ
イントロ部分が最も印象的なので、そこだけ分析
コードは上のものを繰り返すだけです
Ⅰ のコードの時のメロディは、5度を中心に3度と基本的
5度が鳴っていると非常に安定した調子になる
ポイントは、Ⅳ の時のメロディ
3度(キーの6度)から4度♯(キーの7度)の音
短く用いられるリディアンの特性音の4度♯ が鍵
才能あるミュージシャンは、難しいコード進行などは一切使わず、メロディ、音色、音の抜き差し、コーラスワークなどだけで最高の曲を書く。同一コード進行上で幾つものメロディを考え出せる音楽的素養は勿論、コード展開以外で曲を聴かせるレベルにまとめ上げる能力が必要とされるので、総合的なサウンドプロデュース能力が問われる。そして、多くの優れたミュージシャンに共通するのがその能力だと思う。
文句のつけどころのない曲だと思うのだが、Youtube ではBad評価が3000以上ついている。万国共通のサブカルアレルギーによるものだろうか。
楽曲分析 No.1「In My Room」Beach Boys
「In My Room」は1963年に発表されたアルバム『Surfer Girl』収録
Brian Wilson による流麗なメロディが特徴の楽曲
コード進行は以下(耳には自信がないので間違いがあればご指摘ください)
原曲キーは、B major
応用し易くするためにディグリーネームで記してあります
Intro
ⅠM →Ⅵm → Ⅱm → V
Verse
IM → Ⅶ bM7 → Ⅱm → IM
IM → Ⅶ bM7 → Ⅱm → IM → IM on Ⅵ
Ⅱm → Ⅶ → V → Ⅰ
Bridge
Ⅵm → V の繰り返し
※Bridge後、Verse に戻る
分析
Intro
定番のイチロクニーゴのアルペジオなので特に分析の必要なし
Verse
IM の部分では、キーの1度、2度、3度から4度、5度を用いたなだらかなメロディ
続いての5度から6度にかけてのメロディでは、
ⅦM7 の構成音の7度(キーの6度)をメロディにあて、構成音の似たⅡmに繋いで構成音の3度マイナー(キーの4度)に着地、IM に解決すると同時にメロディもキーの3度に落ち着く。
ふた回し目も基本は同じで、最後のIMのベースをⅥに変更して続くⅡmに滑らかに接続する工夫がなされている。基本的な、トニック機能を持つ別のコードのルートを拝借するカタチ。Cをキーとするなら、例えば、CM on E 、F on D など
Bridgeは、無難なので解説の必要なし。
Ⅶ bM7が効果的に使用されている楽曲の為、ミクソリディアンの雰囲気が漂う
ビートルズでも多用されているⅦ bM7は、明るくてダルい雰囲気を出すのに良い
I とⅦ bM7を繰り返すだけの楽曲もある
ただし、この場合はモードなのでコード進行とは別の捉え方
現行の南アフリカ音楽、KwaitoからGqomまで
南アフリカで誕生の「Gqom(ゴム)」という新たなジャンルの音楽がUKで注目を集め始めているらしい。
知ったキッカケは、meltingbot の以下の記事。
まず、前身とされるKwaitoについて調べた。
いくつかコンピを発見したので、その中から幾つか。
Kwaitoのwikiの冒頭に書いてあることを非常にざっくりまとめると、80年代後半〜90年代頃に南アフリカのヨハネスブルクで誕生したハウスミュージックの一種。所謂ハウスよりも遅いテンポ、アフリカ的な音とサンプル、低いベースライン、キャッチーなメロディ、打楽器のループなどがKwaitoの特徴。南アフリカの若い世代の中では、非常に身近な存在らしい。
おすすめのコンピレーションアルバム。
Kwaitoの発展に寄与したのは、ハウスミュージックとレゲエから派生したラガ。
1980年にボブマーリーが南アフリカ独立祝いにジンバブエで開いたコンサートがあって、そこでレゲエが定着した
Lucky Dude ってこのオッサンがめっちゃ売れたらしい。
上にも書いたけれども、このレゲエが後にラガに派生して、結果的にKwaitoに大きな影響を与えた。*1
ちなみに、冒頭で紹介したKwaitoミュージシャンの他音源を聴くと、全てがKwaito 様式に沿っているのではない。四つ打ちでも何でもない所謂時代のポップスの体裁とった楽曲も普通にしていた。なので、南アフリカにおける一つの音楽様式としてKwaitoが存在していたと認識しておくのが良いだろう。
文化的側面では、女性ミュージシャンの成功が少なく、男性優位であることについては批判があるらしい。他にも、性的表現のための詩や踊りなどが商業主義的でつまらないという批判があった。
詳しく知りたい人は、wikiを参照。日本ではマイナーなジャンルの印象を受けるが、wikiの記述の厚さを見るに、Kwaitoがいかに歴史のある文化であるかを感じさせられた。*2このブログにあることもwikiのほぼ丸写し。
Kwaito - Wikipedia, the free encyclopedia
まあそんなことよりも個人的には、生誕地とされるヨハネスブルクの治安のヤバさにビビる。*3
次に本題、「Gqom」について。
Gqom誕生は、南アフリカのダーバン(Durban)
Gqomは、上でさらっと紹介したKwaitoに加えて、Tribal House、skeletal hip-hopに影響を受けている。Dazed参照*4
skeletal hip-hop という謎の音楽については、あまり情報がなかった
とりあえず、Youtube で検索して上に表示されたものを紹介。正しいかどうかは不明
とにかく、Gqomはこんな感じ
Kwaitoと比較して非常に抑えの効いた音であることがわかる。実際、南アフリカの大衆には届いていなかった模様。しかしながら、Hyperdubを主宰するKode9がライヴでGqomを使ったことで、世界で注目を集めるに至った
そして、その流れで若い頃からGqomを製作していたDJ Lag、Menchess、MenchessのプロデュースするRudeboyzを特集したEPがリリースされた。
上に貼ったものは、そのEPの中の一曲
Kwaitoは、ハウスの様式に倣った四つ打ちに基づいて作られているという点で、ハウスの派生したサブジャンルであるという印象を拭えない。
一方、Gqomは、前身とも言われるkwaitoと比較しても、Gqom特徴付けるUKダブ的な音の処理、脱ポップな部分は、Kwaitoの影響を全くと言っていいほど感じさせない
とにかくRudeboyz は、Gomqのことを検索すると必ず名前が挙がるのでマスト。
知名度に関してはまだまだなようで、今後に期待
去年はDazed、今年の一月にはFACTでGqomが紹介されていたにも関わらず、
Gqomのゴッドファーザー、キング、イノベーターを自称する DJ Lag*5のTwitterのフォロワーは約2000人(2016年8月現在)
Dazedの記事で紹介されていたSoundcloudにあるRudeboysのMIXには、Rudeboyzが本人アカウントで「If you interested in working with us, or for bookings email」とコメントを残していたことに驚いた。
Gqom流行の兆しは、当事者たちでさえも驚いている模様。
それは、ヒップホップ黎明期、「遊び」でしかなかったヒップホップが、世界中に拡散していくことを当事者が予測できなかったことに似ている
今後、彼らが資本を得て世界に拡大すれば、日本で観られる日もそう遠くはないかも
*1:Kwaitoに限った話ではなくて、南アフリカの音楽全体に影響はあったと思う
*2:Cultural context and implications なんて項目が用意されている程度には歴史がある
*3:南アフリカにおける殺人事件の59.1%、住居侵入強盗事件の73.5%、性的犯罪の56.4%が発生している。更に南アフリカ全体での犯罪件数も多く(殺人が年間15,940件(1日当たり43.6件)、殺人未遂が15,493件(1日当たり42.4件)、武装強盗が101,463件(1日当たり277.9件)、強盗54,883件が(1日当たり150.3件)、強姦を含む性犯罪が66,196件(1日当たり181.3件)発生 いずれも2011年発表の犯罪統計
*4:http://www.dazeddigital.com/music/article/24944/1/what-the-foq-is-gqom
*6:Gqomをもっと詳しく知りたい人は、本記事でも参照したFACT、Dazed、meltingbotの記事を参照されたし