捏造日記

電脳与太話

hide 「ピンクスパイダー」分析メモと感想など

最近は昔聴いたものを整理したい気分なのかもしれない。過去の自分の聴き返し作業は、何かと気恥ずかしく、思い入れで正当な評価が見えづらいという欠点もある。しかし、再評価で得られる恩恵はそれ以上に大きい。もちろん、聴き返して「これは駄目だ」と落胆することも多いが、「何の音楽知識も持たない当時中学生の自分を驚かせるだけの理由がある」と納得させられる作品もある。今回扱うhideの「ピンクスパイダー」は、納得させられた側に分類された作品である。

コード進行まとめ

Verse1

Bm

 

Verse2

F# - A

 

Verse3(サビA)

Bm

 

Verse4(サビB)

B - D#m on A# - A - E

B - D#m on A# - A - E 

G - A - B

分析メモ

ピンクスパイダー」は、hideの結成していたバンド、Zilchの経験がよく活きている。「Electric Cucumber」は一貫して、コード進行に頼らず、ワンコードのリフと音の抜き差しのみで、モーダルに曲を展開させている。「ピンクスパイダー」においてもそのモーダルな方法論が一部取り入れられている。より具体的に言うと、Verse1とVerse3(サビ)がモーダル。Nine Inch Nailsからの影響か?(いずれ、Nine Inch Nailsも分析してみようとは思う)。

しかし、「ピンクスパイダー」は、「Electric Cucumber」からの進化を感じさせる点が2つがある。1つは、日本語の導入。もう1つは、Nine Inch Nailsからの影響を強く感じさせる当時のアメリカロック最前線のサウンドをJ-Popと融合させたこと。面白いことに、「ピンクスパイダー」には、実質的にサビが2つある。1つは、「ピンクスパイダー」と繰り返すサビA。これは「Electric Cucumber」的な方法論に基づいている。一方、サビBは、B長調にモーダルインターチェンジし、豊富なコードチェンジで曲の展開感を作るJ-Pop的な方法論に基づいている。「ピンクスパイダー」の革新性は、異なる方法論に基づくサビを1つの曲中に共存させたことにあると思う。

 

J-Pop的な方法論に基づいていると指摘したVerse4は整っている。オンコードを使用し、ベースが半音で下れるように工夫されている。さらに、G - A - Bという進行はロックの定番の借用和音を用いたコード進行で、hideがロックをよく研究していたことが伺える。自分の知る限り、Oasisで頻繁に使用されている印象がある。例えば、「Champagne Supernova」、「Married With Children」、「She's Electric」が思い浮かんだ。Chapterhouseの曲でも使用されていたような気がする。

 

 それにしても、hideの曲はまだ3曲しか耳コピしていないが、おかしなキーが多い。「Hurry Go Round」と「ピンクスパイダー」は両方キーがB。「Electric Cucumber」は、C#フリジアンモード。ロックギタリストとは思えない。いや、少なくとも、リフ主体のメタル界隈で、フリジアンモードは定番とされている可能性は考えられる。いずれにしても、キーBは稀。

 

カヴァーについて

ピンクスパイダー」は幾つかのカヴァーがあるようなので軽く触れておく。まず、Rizeのカヴァーについてだが、下手なメロディラインの崩し方、特にヴォーカルがメロディのリズムを不自然に短く変更したことと、原曲にない「イェー」にかなりの不快感を覚えた。また、音色、アレンジなどの全てが原曲に近く、ほとんどコピーと言えるものが、MVまで作成して公式に発表されていることに驚いた。トリビュートとしてライヴで演奏するのであれば理解できるが、公式発表は理解に苦しむ。

 倖田來未も「ピンクスパイダー」をカヴァーしている。Rize版と異なる点で極めて不快だが、原曲とは異なるアプローチを取っているため、カヴァーとして公式に発表するために必要な最低限の条件は満たしていると思う。

最近では、MIYAVIのカヴァーもある。しかし、ハイハットの入れ方、悪い意味で最近の打ち込みっぽいキックの音色、曲の盛り上げ方など、アレンジの全てが「海外」の流行りそのもので、全く好みではない。

 やはり、コピーではなくカヴァーとして公式に発表するのであれば、Robert Glasper Experimentの「Smells Like Teen Spirit」のように、自らのフィルターを透過させたものが好ましい。ただ、自らのフィルターを透過させるとは言っても、“ジブリ名曲ジャズ”のようなアレンジでは曲は引き立たない。自らのオリジナリティを注入すると言う方が正しいかもしれない。


 

その意味では、カヴァーではなくRemixではあるが、「ピンクスパイダー」の解釈という点では、Corneliusの一人勝ちという印象。

余談だが、意図的かどうかは不明だが、1:27のあたりで、Corneliusの「Count five or six」と非常に似たフレーズがある。

 

 

実はhideは、思い出波止場、暴力温泉芸者岡村靖幸小西康陽砂原良徳などと共に『96/69』というCorneliusのRemixアルバムに参加している。この面子を見ると「hideが生存していたならば、X Japanのリスナー層とは全く異なるコア層に好まれる音楽性により接近していたのではないか」と思わずにはいられない。

 hideが好んでいた音楽リストを見ると、いかにもギターキッズ好みのKissやLed ZeppelinなどのHR/HM系音楽の中に、Bauhaus、Stranglers、UltravoxBeckNine Inch Nailsなど、必ずしもギターがサウンドの要ではないパンク以降の音楽が混ざっていることがわかる*1

雑な総評

私には、hideが神格化されるほどの存在なのかどうかはわからないが、幾つかの点では、確かに面白い試みをしていたと思う。1つは、平沢進に並ぶほど早期のインターネット進出。メジャーアーティストのMP3配信は平沢進が日本で最も早かったと言われているが、hideも生存していたならば、それに並ぶほど早期に音源のネット配信をしていたのではないかと思う。ウェブサイト作成は勿論のこと、彼の企画したフェスのライヴ映像をネットで配信するなど、ネット参入に極めて意欲的だった。余談だが、自分で調べた限りでは、日本における最初のライヴ映像のネット配信は、1995年の坂本龍一であった(YMOメンバーは何かにつけて早すぎる)。

 

2つは、hideはX Japanのギタリストとしては、様式化された「ピロピロ(=HR/HM的ギターソロ)」を受け入れていたが、ソロ活動においてはそれに拘泥しなかったこと。説明には、少々ギターソロの歴史を振り返る必要がある。

70年代後半のパンク以降のバンドは、「ピロピロ」を徹底して嫌ったが、時を同じくしてVan Halenが登場し、ピロピロは廃れるどころか勢いを増した。しかし、90年代は「エレキギター=ピロピロ」という考えが完全に陳腐化した時代だと思う。例えば、RadioheadOasis、Nirbanaなど、「ピロピロ」どころか、もはやギターソロさえほとんど必要としないバンドが脚光を浴びた。Rage Against The Mashine、Red Hot Chilli Peppersなど、HR/HMの影響を色濃く残すバンドに「ピロピロ」は残ったが、80年代のようにひたすらにピロピロし続けるようなアプローチは少なく、全体的にファンキーなリフを演奏するための道具としての性格が強い。

 

さて、hideの話に戻る。hideの遺作『Ja, Zoo』を聴くと、hideの死後に手を加えて制作された「Hurry Go Round」に「ピロピロ」があるのみで、他の曲にはほとんどギターソロらしきパートさえ存在しない。HR/HM系バンド所属のギタリストのソロアルバムにピロピロがないことがどれほど異質であるかは、他のHR/HM系ギタリストのソロアルバムを聴けばよくわかる。

 90年代以降、Mr.Childrenスピッツ、BUMP OF CHIKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなどのピロピロしない(≒ギターヒーローのいない)ロックバンドが活躍し始めたこと思うと、HR/HM系バンドのリードギタリストでありながらも、90年代の非ピロピロの潮流に喰らい付こうとしたhideは、慧眼だったと言えるのではないだろうか。

 

今回は、普段は自分の頭の中で展開している曲の感想や分析を丁寧に書いてみたが、全て文字に起こそうとすると非常に疲れることがよくわかった。