捏造日記

電脳与太話

愛×アキバ×桃井はるこ

 

桃井はるこの自伝的作品『アキハバLOVE』を読んだ。最近興味のある電波ソングについての情報目的で購入した本だったが、「まえがき」を読んだ時点で、予想をはるかに超える素晴らしい本だと確信した。この本に初めて触れる人の感動を奪いたくないので詳細は割愛するけれど、優しさに溢れていることだけは伝えておきたい。 

アキハバLOVE

(絶版になっているので入手する人はお早めに)

 

さて、前書きもほどほどに、この“ネ申本”の話を進めたい。

この本には、桃井はるこの目から見た秋葉原という街と、「好き」を理由にそこに集った人々の物語が綴られている。秋葉原という場で、格闘ゲーム美少女ゲーム、コンピューター、アイドル、アニメなど、種々様々なオタ(ここではオタクとは書かない)が交流し、「アキバ」という一つの物語を紡ぐ。「アキバ」が、歩くだけで、延いてはその場にいるだけでスリルや魅力を感じられる特別な場所であったことが手に取るように伝わってきた。桃井は、その街とそこに集う人々を誰よりも愛していたのだと思う。 この本は、オタへの深い愛で溢れている。彼女は、世間の目に屈することなく“好き”への欲求に従うはみ出し者たちに肯定の眼差しを注ぐ。それは彼女自身が、小学生の頃のプレゼント交換会で、レア物のミニ四駆を用意し、サンリオ製品を期待していた友達の女の子を引かせた経験のある生粋のオタだからこそ出来ることなのかもしれない。桃井はるこは、どこまでもオタの味方なのだと思った。

ただ、彼女は「アキバ」のインサイダーにも関わらず、「アキバ」で起こる現象を熱っぽくも冷静に観察しているので、オタ特有の「キモさ」とは無縁で、私のようなアウトサイダーにも「アキバ」の特異性と魅力が大いに伝わってきた。男性が大多数を占めるオタ文化において、女性だからこそ保てる距離感があるのかもしれない。今でいうところの「オタサーの姫」的な香りも全くしない。逆に、アイドル的な芸能活動の軌道に乗っていることが本意ではなく、自らの理想とする「オタ的」な音楽活動を求めてアイドル活動を休止する彼女の誠実さに心を打たれた。

 

彼女のオタとしての守備範囲は広く、例えば音楽であれば本職はアイドル歌謡だが、当時からKraftwerkPixiesNirvanaなどを愛好する洋楽オタでもあった。しかし、そうした知識以上に注視すべきは、彼女が自分なりの考えを表明するというオタとして最も基本的かつ重要な態度で一貫していることだと思う。彼女は自分の考えを持っている。例えば、西洋アーティストの来日公演で観客が海外的に振る舞う様子について疑問を投げかけ、それと正反対とも言える純日本産のオタ文化の魅力を説く。彼女はその考えを、内輪ノリの安っぽい「オタ文化擁護」としてではなく、「日本らしい文化」の結論として導く。彼女は「萌え」について、「ドジっ娘」の例を挙げ、過程を愛でることだと考察している。面白いことに、過程への愛着は、谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で書いていることでもある。年功序列、甲子園の人気、育てるアイドルグループAKB48など、現代の様々な日本文化も過程への愛着という点で繋がっている。「萌え」は日本で生まれるべくして生まれたのだと思う。

 

上述の萌えの考察からもわかる通り、彼女は慧眼だった。彼女の先見の明には何度も驚かされた。女性の自撮りが主体となるSNSの登場、カジュアルにネットに接続できるゲーム端末の登場、オタク的アイドルの登場、Perfumeの成功など、様々なことを予見していた。

 

私は東京在住ではないけれど、この本に書かれていた桃井お気に入りの喫茶店に行きたいと思った。しかし、残念ながら、店名の「コロナ」をググると、『アキハバLOVE』出版の1年後(約10年前)に閉店していたことがわかった。望むことに限って上手くいかない人生の仕様に嫌気がした。諸行無常とはいえ、「アキバ」の変化は早すぎる。「一見さんお断り」と暗に書かれていたかつての「アキバ」は、もうリアルには存在しない。美少女アニメ、ゲーム、コンピューターなどを好きと言うだけで後ろ指を指される時代は終わった。その潮流を桃井はるこは、「日本がアキバに近付いている」と説明する。当時の「アキバ」は本当に最先端だった。それは時代が証明している。

 

行ったこともない街の変遷に一抹の寂しさを覚えながら、本でしか読んだことがない街と、その街にあったとされる魅力的な喫茶店の姿を夢想していると、どこか2次元と3次元の隙間に入り込むようなヴァーチャルな感覚がした。

 

 

あとがき

この記事の本文では触れないことにしたが、 『アキハバLOVE』出版の1年後の2008年6月8日、前代未聞の事件が秋葉原を襲った。凶行の理由は、ネット上の居場所を奪われたから。私は当時まだ10代だったけれど、ネット社会の負の面が表面化した事件だったと記憶している。幸か不幸かの判断はしかねるが、『アキハバLOVE』は、この事件を逃れた。結果、夢の街としての「アキバ」の香りで満ちた内容となっている。本に書かれていないことなので直接は触れないことにしたけれども、全く触れないことにも違和感があるので、このような形を取って最後で触れることにした。当時を知らない私の語りより、桃井はるこが事件の2日後に書いた記事があるので、是非そちらを読んでもらいたい。